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2008.03.16 (Sun)

第4楽章 1小節目

 土曜日の放課後。おれたちは、授業の終わった教室から音楽室に移動した。藍子先生は、すでに音楽室の端っこで腕と足を組んでおれたちを見ている。みんなが思い思いの席に座ったのを見届けてから、ゲンが前に出てきて言った。
「さて、みんな。おれたちがオケを結成して、来年の蘇宇卦夷大学入学コンクールに挑戦することについて親に相談してきたと思うが、結果はどうだった?」
「全然、OKよ。蘇宇卦夷大学に入れるかもしれないって言ったら喜んでたわ」
「うちもあっさりしたもんだった。どうせやるなら一生懸命やれって、かえって焚きつけられた」

 他にも似たような声が何人かから挙がった。どうやらみんな比較的スムーズに親の了承を得られたようだ。
 しかしおれは、ふと横を見ると、ヤスだけがどことなく悲しそうな顔をしているのに気づいた。
 おれは声をかけてみた。
「おいヤス、何か浮かない顔してるじゃん。おまえ親に止められたのか?」
「い、いや。そういうわけじゃないんだが・・・・・・」
「じゃあどうしたんだよ」
「おれがさあ、蘇宇卦夷大学に入学するためのコンクールに、クラスの連中と一緒に挑戦したいから楽器の練習をさせてくれって頼んだら、そんなもん信用できるか、またあちこち遊びまわるための口実だろって、全然取り合ってくれないんだ」
「そりゃあおまえ日頃の行いが良くないんだから仕方ないや。身から出たさびってやつだな」
 音楽室内のあちらこちらから、笑いが起こった。
「じゃあ、おれがおまえの家に行って親に説明してやるよ。それでたぶん信用してくれるさ」
 ゲンがそう言って、話をまとめにかかり始めた。
「さて、ヤスの方はおれが片付けるとして、この件について他に何か問題のあるやつはいるかー?」

 しばらく待ったが、だれも返事をしない。
「よーし!じゃあみんなOKということで、蘇宇卦夷大学入学コンクール挑戦が正式に決定したー!」
 全員勢いよく拍手して喜んだ。
「YEAHー!」
「やるぞっ!」
 音楽室内が大いに盛り上がった。しかしまあ、うちのクラスはノリやすいというか軽薄というか・・・・。よくこんなやつらばかりが集まったもんだ。ほんとに大丈夫なんだろうか、この先・・・・・。
 おれは周りの騒ぎと反比例して、ますます心配になってきた。


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2008.03.18 (Tue)

第4楽章 2小節目

「ハーイ。じゃこの件については話がついたようだから、みなさんに楽器を渡しまーす」
 藍子先生がパンパンと手を叩きながら、まるで幼稚園児に対するように呼びかけた。
「まずは、ヴァイオリン部隊から。桜島くんに指名された人、先生についてきなさい。あ、そうそう、もう楽器を持っている人は自分のを使ってね」
 ヴァイオリン隊がぞろぞろと藍子先生についていき、倉庫からヴァイオリンのケースを取り出して戻ってきた。
「人数分の教則本もあるから忘れずに持っていってね。学校の許可はもうもらっているから、練習のために家に持って帰ってもいいわよ。じゃ次、ヴィオラ」
 藍子先生が次々と指示をして、おれたちに楽器を渡していった。

 全員に楽器がいき渡ったことを確認して、ゲンが叫んだ。
「よーし、みんな!とにかく、しばらくの間は教則本を見て練習していこうぜ!放課後は、基本的に音楽室を使えるように、先生が話を通してくれている。それからもうすぐ春休みだけど、その間もここを使っていいという許可ももらっている。まずはできるだけたくさん楽器に触れて、早く慣れることが大事だ。みんな、がんばろーぜっ!ほんじゃあ、解散!」

 相変わらず盛り上がった状態でワイワイ騒ぎながら、各自それぞれ楽器を持って音楽室から出ていった。ただし、さすがにコントラバスとティンパニは、簡単に持ち運びができないので、それら担当のやつらは放課後とかにがんばることにして、教則本だけ持って帰った。

 一人減り、二人減り、音楽室にはとうとうおれと藍子先生しかいなくなってしまった。


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2008.03.19 (Wed)

第4楽章 3小節目

 一人減り、二人減り、音楽室にはとうとうおれと藍子先生しかいなくなってしまった。
「・・・・・・先生、おれのは?」
「ん?」
「おれ、指揮者。だから、指揮棒」
「あーそうそう。すっかり忘れてたわ」
 そう言いながら、先生は何がおかしいのかケラケラ笑い出した。
「桜島くん、ごめん!指揮棒なんだけど、どこを探しても見つからないのよ。悪いけど自分で調達してくれない?」
「・・・・・・・・・・・・まあ、それはいいとして、指揮のための教則本ってあるの?」
「そうよねそうよね。あなたが一番大変よね。木琴を叩けなくて立たされたそうだけど、指揮をやるためには音楽についていろんなことを勉強しなくちゃいけないわよ」
「・・・・・・いや、だから。指揮の本ってあるの?」
「ないのよー。ごめんっ!」
 藍子先生が手を合わせて、表面的にはすまなさそうな顔をして謝った。しかし、おれにはなぜかその声は楽しそうに聞こえた。
 何なんだ?この先生は。
「ハァー」 おれは大きくため息をついた。
「・・・・・・・先生、おれたち、これから大丈夫だろうか?」
「あら、みんなやる気まんまんで帰っていったじゃない。何事も前向きな気持ちと勢いよ」
「だからあ、先生。知ってるだろ?約1年おれたちと一緒にいるんだから。おれたちのクラスがどんなに軽薄でお祭り的な体質なのかを。みんな事の重大性を分かっていない」
「大丈夫、大丈夫。時間はまだあるじゃない。初心者の子が多いみたいだけど、一つの曲だけに集中して練習するんだから、十分間に合うわよ」

 何というノリの軽さ! 

 おれは、おれたちのクラスをこんな風にした張本人は、この先生であることを今さらながら確信した。


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2008.03.19 (Wed)

第4楽章 4小節目

「大丈夫なもんか!先生、気づいてるだろ?今楽しそうに帰っていったあいつらの中で、誰一人としておれたちが演奏する曲を何にするか問いかけてこなかったんだ!そりゃあ初めて触る楽器ですぐに曲を演奏できるわけないから、そういう意味ではどんな曲か知ってもしようがないかもしれないよ。けど、これから1年みんなで力を合わせて仕上げていく曲になるんだから、だれか一人でもそれを知りたいと思うやつがいるのが普通じゃないか?」
「いるじゃない、一人」
「えっ!だれ?」
 先生は、おれを指さした。
「だ、だからおれ以外でさあ・・・・・」
「いいのよ。君だけでもいれば。確かにうちのクラスは楽観的な子が       
 おれは急いで先生がしゃべるのをさえぎった。
「ちょっと待て先生。言葉をすりかえるな。楽観というのは、たしか問題自体は認識してはいるが、自分の都合のいいように明るく考えることだろ?だけどうちのクラスのやつらは、どんな問題があるかさえ認識しようとしていないんだぜ?」
「ホホホホホまあいいじゃない、そんな細かいこと。私が言いたいのは、これからは指揮者のあなたがオケを引っ張っていってほしいということなの。八坂くん主導で何とかオケ結成までこぎつけたんだから、ここからはバトンタッチしてあなたがかじ取りしなさい。あなたなら大丈夫よ。そのことは、今あなたが私に話している内容が証明しているわ」
 そう言いながら、藍子先生は、いきなりおれの両肩に手を置いて、じっとおれの目を見つめた!おおっ。先生、実はけっこうきれいだったんだ。
 で、何するんだ!?
「来年のコンクールに向けて、がんばってね。あなたならできるわ。だから・・・・・・」
「だから、何?・・・・・・・」
 おれは、ドキドキしながら聞いた。
「だから、指揮棒と指揮の本は自分で調達してね」

 結局、それかい。


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2008.03.20 (Thu)

第4楽章 5小節目

 学校を後にしたおれは、そのまま家路につくわけにはいかなかった。指揮棒と指揮についての本を買いに行かなければならないからだ。
 とにかくおれは、音楽のことを知らなさ過ぎる。楽譜が読めない。クラシック音楽の作曲家なんて、ベートーヴェンとモーツァルトぐらいしか思い出せない。そんなおれが無謀にも指揮者をやるということは、指揮棒や指揮の本はもちろん必要だが、その前に音楽を基礎から勉強しなけりゃならない、ということだ。
 ま、それについては、まずは小学校4年生のおれの弟の教科書を借りようと思っているが。

 しかし、もう一つ大きな問題が残っている       
 それはもちろん、おれたちが演奏する曲を何にするか、だ。一言もそのことについて触れようとしないクラスのやつらと話し合っても、納得のいく結論が出るとはおれには思えなかった。みんなを信頼していないわけではないが、だからここはおれが指揮者として、おれたちにふさわしい曲を選ぼうと決心したんだ。

 だけど・・・・・・どんな曲があるかさえ知らないおれが、どうやって曲を選ぶことができるんだろう?・・・・・。

 あ〜前途多難だ〜!

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